『欲は満たすことを願うもの、愛は溢れ出るもの』
先日、この言葉が、ふっと心に降りてきました。
今まで、愛に関し、下記、言葉を受け取ったことがありますが、また、新たなものです。
『真心(愛)は喜び・幸せの源。感謝・循環させてこそ得られるもの』
おそらく、愛について、あらゆる角度で気づきがもたらされているのでしょうね。
しかし、『欲は満たすことを願うもの、愛は溢れ出るのもの』 の真偽はいかに。
気になったので、辞書で意味を調べてみましたが、下記のような内容で微妙。
『欲』は、「欲しがること。また、その気持ち。」
『愛』は、「相手を慈しむ心。愛しいと思う心。大切にしたいと思う気持ち。」
それならばと、漢字の成り立ちから意味を調べたところ、諸説あり、要約すると、
『欲』は、 谷(窪みや穴を満たすor祈りを入れた器の上に神が現れる形)+欠(口を開けて体を屈めた様or不満を満たしたい)で、「物足りない心を埋めたいと思う気持ち」もしくは、「祈りに応え、神に現れてほしいと願うこと」。
『愛』は、旡(人間が後ろを向く姿orいっぱいになる)+心(人間の心)+夂(人間の足)で、「心残りから、歩きながら、人を振り返る心情」「心がいっぱいになる」。
辞書より、グッと近づきましたが、なんか、もう一歩って、感じですね。
私的には、様々な説を統合し、下記のように解釈した方が、しっくりくるように思います。
『欲』は、谷(窪みや穴を満たす)+欠(願いを乞う姿)で、
「満たされないものを埋めてほしいと願うこと」。
『愛』は、旡・心・夂の解釈はそのままに、
「相手の心を感じ、居ても立っても居られず、行動する様」。
では、言霊はどうかと、吉野信子さん方式で『欲』の言霊を読み解くと
「新たなものが引き寄り、飽和する」
何かを引き寄せることで満たすパワーがあるようです。
なお、深田剛史さん・はせくらみゆきさん方式だと
「志次第で、円満or破壊が末広がりに広がる」
なお、この志次第とは、内なる善に奉仕するか、つまり、愛(真心)に基づいたものかどうかで、末広がりに広がる内容が異なるようです。
つまり、『欲』には、何かを引き寄せ満たす力がありますが、志次第で、引き寄せるものが変わるということ。
漢字と言霊を合わせ見ると、どうやら『欲は満たすことを願うもの』 は合ってそうです。
しかし、その願い事の内容次第で、引き寄せ、広がるものが違ってくるので、要注意ですね。
では、『愛』の言霊はどうなのでしょうか。
吉野信子さん方式で読み解くと、下記の通り。
「感じ伝わる現象」
『欲』ように引き寄せるのではなく、『愛』は、心で感じ、外へと出す方向にあるようです。
心の中心に魂(霊=神=愛=光)があり、そこで感じ、心の外(相手・対象)へと出る。
『愛は溢れ出るのもの』で、合っているようですね。
ちなみに、深田剛史さん・はせくらみゆきさん方式だと、『愛』の言霊は下記の通り。
「ものごとの始まりが、神意と共にある時、ものごとが生成・安定化する」
神は愛のエネルギーなので、神意は愛。
つまり、愛から始めたものは、生成や安定化がもたらされる。
言霊的解釈をまとめると、『愛』は、心で感じ、外へと溢れ出るもので、愛に基づく行動は、喜びや幸せがもたらされると読み解けます。
それは、『愛』には、そういうパワーがあることを意味します。
『欲は満たすことを願うもの、愛は溢れ出るのもの』
『欲』と『愛』とでは、外→内と内→外で、ベクトルの方向が逆。
『欲』は、自分は満たされていないと感じ、外から与えられることを乞い、
『愛』は、相手の心を感じ、思わず、無条件で自分を相手に捧げる。
その結果『欲』は、引き寄せることで満たし、末広がりに広がるが、その内容は、愛に基づくかどうかで明暗が分かれます。
一方、『愛』は、生成・安定化し、喜びや幸せがもたらされます。
あなたは、日頃、どちらの行動が多いですか?
どう行動するかは、個人の自由。
しかし、どちらだろうが、喜びや幸せを得るには、『愛』を起点にすることが大切です。
つまり、結局は『愛』。
愛の種を撒けば、喜びや幸せの花が咲くということです。
しかも、バランスと取ろうとするのが宇宙の摂理。
欲からもらえば、欲のために失うことに。
愛から無条件に捧げれば、愛により無条件に与えられることに。
この内容が、どなたかのお役に立てれば幸いです。